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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10327号 判決

原告

井上常次郎

被告

柴崎静子

主文

一、被告は原告に対し金十万八百二十円を之に対する昭和二十八年九月二十三日以降年五分の利息と共に支払う事を要する。

二、原告其の余の請求は之を棄却する。

三、訴訟費用は当事者各自の負担とする。

四、此の判決は仮に執行する事が出来る。

事実

(省略)

理由

一、原告主張日時被告が原告主張の如き自動車を運転し、其の主張地点に於て原告と衝突した事は当事者間に争はない。

被告本人の第二回供述及び検証の結果とを綜合すれば被告は此の日鍛治橋交叉点より電車道路を北進し中央区槇町二丁目一番地不二窯業株式会社所在の角より右折して銀座方面に通ずる道路(車道幅員約五間、左右の歩道幅員各約一間半)に入らんが為一時停車し、車の往来が絶えたので除々に進行を開始して右折し右銀座方面に通ずる道路に差懸つた際左方の呉服橋方面より鍛治橋方面に向つて自転車が進行し来つたので驚いて之を避ける為ハンドルを右に切つた処右に切り過ぎ被告の自動車は不二窯業株式会社のある角の歩道に乗り上げる方向に向つたのでブレーキをかけたが狼狽の結果足に力が入らず其の侭自動車は歩道に乗り上げ左折して歩道を二三間緩く前進して停止し、其の停止直前原告と衝突したものである事を認める事が出来る。原告は被告がブレーキを踏むべき処、誤つてアクセルを踏んだと主張し、成立に争のない甲第三号証の二及び証人酒景保の証言によれば被告は取調に当り右の如く供述した事を認め得るけれども被告本人は恐怖の余り、右の如く述べたが真実はアクセルを踏んだのではないと弁解し右弁解は諸般の事実に適合するので之を真実であると認むべく従つて右原告の主張は採用しない。而して被告がハンドルを右に切り過ぎた点に過失がある事は被告の認める所であるが、併し、更に被告がブレーキを十分踏まなかつた事も仮令狼狽して居たとは言え被告の過失たるを免れない。

二、右衝突が原告の後方より為されたか或は前面より為されたかは本件に於ける重要な争点であるが、原告は被告の自動車の右前部のフエンダーの上に頭を西にうつ伏せに倒れ、口唇の傷はフエンダーに打ち着けたものであり、血がフエンダーについて居た旨、及び背部の打撲傷は原告の後方に台があつたので之に打ちつけたものであろうと思う旨の被告本人の第二回供述は合理的であり追突されたとの原告本人の供述は不合理な点が多いので右衝突は被告の主張する如く原告の前方より為されたものであると認定するのが相当である。

三、従つて原告は被告の自動車が歩道上を緩く前進して来た事は知つて居た筈であり原告が通常の注意を以てすれば本件衝突を避け得た事は現場の検証の結果に徴し明である。即ち、原告は歩道の車道寄に待避すれば本件衝突は容易に避け得られたのである。然るに原告は此の挙に出でなかつたのであるから此の点に原告の過失を肯定しなければならない。併し、本件衝突の主たる原因は被告の過失によるのであるから被告は其の責を全く免れる事は出来ない反面原告の過失は考量に入れるに足らない程に軽徴のものではないから原告も亦其の損害の一部を負担すべきものである。右損害の負担の程度は諸般の事情を綜合して原告に於て其の半分を負担すべきものと為すのを相当とする。

四、原告が右事故により其の主張の箇所に主張の如き傷害(≪編注≫左前膊骨及び手根骨複雑骨折、背部打撲擦込傷、上口唇挫創)を受けた事は成立に争のない甲第一号証の一によつて之を認める事が出来原告が右傷害の為約三月の入院治療を為した事は証人池田孝男の証言によつて之を知る事が出来る。右治療費に付ては原告は本件に於て之を請求しない。原告が右退院後其の主張期間マツサージの治療を受け其の費用が原告主張の如く金千六百四十円であつた事は右証人池田孝男の証言によつて之を認める事が出来る。従つて原告は其の半額を負担し他の半額に付被告は其の賠償の責に任ずべきものである併し、原告主張の収入の喪失は本件事故との間に相当因果干係を認める事は出来ない。何んとなれば右池田証人の証言によれば原告は昭和二十九年一月頃からは従来程度の仕事ならば之を為し得た事を認めるに足りるから原告が同一月以降其の勤務先である富士相互株式会社を止めさせられたとしても右は原告の懈怠によるものと認定するのを相当とするからである。

五、原告は慰藉料を請求する事が出来るが、右額は前記当事者双方の過失、原告の負傷の程度、原告の地位収入(此の点は原告本人の供述によつて之を認める)其の他一切の事情を綜合して金十万円と為すのを相当とする。

六、依つて原告の本訴請求は以上の範囲即ち金十万八百二十円及び之に対する事故の翌日たる昭和二十八年九月二十三日以降年五分の利息の請求の範囲に於て理由があるが其の他は失当として排斥すべきものである。

七、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言は同第百九十六条による。

(裁判官 安武東一郎)

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